再婚そしてハワイ移住。死別後の苦しみからの一歩

死別の苦しみから抜け出したい方や新たな人生を考えている方に、こんな人もいるんだ、と何か感じてもらえたら嬉しいなと思い、私の経験や日々感じたことをブログに残していこうと思います

大切な出会いに気づく。お問い合わせ欄にいただいたメッセージ

こんにちは。ハワイ在住のMichiyoです。

 

 

 

 

運というのはすべての人に平等に与えられていて、運がいいとか悪いとかいうのは、チャンスが来た時に気づけるかどうかということなのだそうです。

 

 

 

最近、お問い合わせ欄である男性からいただいたメッセージを読ませていただいた時に、直接の出会いだけでなく、こういう場での出会いから受け取る内容にも自分にとって大切なメッセージが込められているような気がしました。

 

 

 

 

下記はいただいたメッセージのほぼ全文です。

 

 

 

 

 

ネットで「死別者の恋愛」を検索しているうちに、みちよさんのブログにたどり着きました。 死別経験者のブログは沢山見つけ出すことができるのですが、死別者の恋愛や再婚に関するブログとなると数は少なく、みちよさんのブログは貴重な存在だと思っています。  そして、みちよさんのブログに書かれている記事内容は、非常に示唆に富んでいて、共感できる部分が多くありました。  私の心に強く響いたのは、2019年2月19日のブログ「運命の人は一人じゃない?」という記事でした。 「お互いが相手と一緒にいることに違和感を感じず、自然に二人で進んでいける相手。そして、お互いにとって一番いいタイミングで出会った相手を、人は運命の人と言うのかもしれない、そんなふうに思いました。」と書かれていて、私は「そうか、そんなふうに考えることができるな~」と妙に納得できたのです。 それから、2019年2月15日に書かれているブログの中で、「人生は必要な時に必要な人と出会えるようになっている。」という言葉にも、思わず頷いてしまいました。 自分の中にある亡き妻に対する後ろめたさや、自分が恋愛していることに対する罪悪感が少し和らいだような気がします。 正直に言うと、自分自身が死別経験者になるまで(いえ、死別してから暫くの間まで)は、死別後の恋愛や再婚は考えられなかったです。ずっと亡くなった妻を偲びながら、一人で年老いて、そしていつか妻のもとへと旅立つのだと思っていました。 それなのに、私は縁あって、ある女性と出会ってしまいました。彼女も死別経験者で、今でも二人の出会いは運命的だったと考えています。  私は、人生には何が起きるか分からないと改めて実感しています。健康だった妻が私より先に亡くなってしまったこと。その悲しみはどうしようもなく辛くて、静かに海に沈んだきり、もがいてもがいても浮き上がることができないような感覚でした。そして、その悲しみの中で、今の彼女と出会ったことで私は深い海の底から救い出されて、今では信じられないくらい前向きに人生を歩いています。 すべてが運命に導かれていて、今はその流れに身を委ねながら、この時を、一分一秒を、一日一日を大切に生きていこうと思っています。  取り留めのないことをダラダラと書いてしまいました。また訪問させていただきますね。ありがとうございました。

 

 

 

 

 

このメッセージを読ませていただいて、私がまず感じたのは、私が書いたこと、伝えたかったことがちゃんと通じている、という喜びでした。

 

 

 

そして次に感じたのは、私自身、この方のメッセージに背中をおされているということでした。

 

 

 

コロナの影響で在宅勤務になったりして、日本でも今までの通勤時間や満員電車での通勤に疑問をもち、仕事そのものに対する考え方が変わったと聞いたことがあります。

 

 

 

私自身も在宅勤務をしているので、家族との時間を以前より取ることができるようになり、睡眠も十分取れて、本を読んだり、好きな映画やドラマを観る時間も取れるようになりました。

 

 

 

ハワイで今も続く外出禁止令でパークもビーチもクローズされていることは、大型犬の子犬を飼っている私にはとても辛いことですが、一方で、家族と過ごす時間の大切さを改めて気づかせてくれるチャンスだったかもしれないと思っています。

 

 

そんなことを考えていたところにこのメッセージをいただきました。人との出会いは奇跡だということ、人生の時間は限られているということをとても自然に私に思い出させてくれました。

 

 

 

家族との時間はもちろん、これからの人生で自分が何に時間をつかうべきなのかを改めて考えさせられました。

 

 

 

 

この方はお礼を言ってくださいましたが、私にとってなによりも大切なことを思い出させていただいた気がして、お会いしたこともなくお名前も知らない方でも、こんなふうにお互いの考えや行動に影響を与え合うことができたというのはこれも大切な出会いのような気がしています。

 

 

やっぱり人生というのは必要な時に必要な人と出会えるようになっているのだと思います。この方がくださったメッセージで、私自身あらためてそれに気づけたことがとても嬉しかったです。

 

 

 

 

www.michiyo-hawaii-saikon.com

 

 

www.michiyo-hawaii-saikon.com

 

 

 

↓ もしよろしければクリックお願いします。 

 

にほんブログ村 家族ブログ 死別へ
にほんブログ村

  

安倍首相

こんにちは。ハワイ在住のMichiyoです。

 

 

私は昔から安倍首相が好きで、辞任はショックなニュースでした。

 

 

 

毎年日本の首相がコロコロと変わっていた後、安倍首相が就任し、その期間中に私はハワイに移住しましたが、時々ニュースなどで安倍首相の姿を目にすると、まだやってくれてるんだなぁとなんだかホッとした気持ちになったりしていました。

 

 

 

安倍首相の辞任を知った時、私はオリンピックが東京で開催されると決まった時のことを最初に思い出しました。

 

 

 

本当なら今年開催されるはずだったオリンピックの開催地が東京に決まった時、まだ前の夫は生きていて、どの競技を観にいきたいかを2人で話しました。

 

 

夫が亡くなることも、再婚することも、ハワイに移住することも、まさかオリンピックが延期されることも、何もかも全く想像しなかったことばかりでした。

 

 

 

そんな出来事の中でも、日本のリーダーが変わらずにいてくれたことが私の中では大きなことだったということに気づかされました。

 

 

 

終わるときに気づくことって多いなあと思います。

 

 

 

 

 

↓ もしよろしければクリックお願いします。 

 

にほんブログ村 家族ブログ 死別へ
にほんブログ村

  

夫の涙

こんにちは。ハワイ在住のMichiyoです。

 

 

数日前、夫が涙を流すのを初めて見ました。

 

 

 

一年ほど前、夫の母が亡くなった時も、数ヶ月前、夫の父が亡くなった時も、夫が涙を我慢している、とか、サングラスで涙を隠していると感じたことはありましたが、私の前で涙を流すことはありませんでした。

 

 

 

そんな夫が涙を流すのを初めて見たのは、数日前、夫の親友夫婦と電話で話した時でした。

 

 

その夫婦とはハワイに住む前から会ったことがあり、私も何度も一緒に遊んだりキャンプに行ったりしています。

 

 

夫婦は、今五十代の夫とは歳が離れていて、三十代半ばです。

 

 

親友という表現をしたのは、夫とその夫婦がお互いとても信頼しあい、心から打ち解けあっているのを会うたびに感じてきたからです。

 

 

 

快活なその夫婦の間には今3歳と1歳のお子さんがいて、見るからに幸せな家族という感じです。

 

 

その日はたまたま私たち夫婦の方が相談したいことがあって、私たち夫婦とその夫婦は4人で電話で話していました。

 

 

 

私たちの聞きたかったことを一通り話し終わった時、「最近遊びの計画できてなくてごめんね」とご主人の方が言いました。

 

 

 

夫は「コロナのせいでパークもビーチもどこもクローズだし、どこも行けないよね」と答えました。

 

 

(ちなみにハワイでは今はコロナの感染者が増えた影響で、一緒に住む家族以外は会っては行けないことになっています。でもその電話の時点では、家族以外でも集まることは禁じられていない時でした)

 

 

 

そのあと、ご主人の方が続けました。

 

 

 

「妻がガンだって分かったんだ。ステージ4なんだ」

 

 

 

夫も私も言葉を失いました。

 

 

その瞬間、夫の目から涙が溢れ出し、そしてこぼれました。

 

 

私も涙を止められませんでした。 

 

 

「どんなことでもするから、なんでも言え」夫は何度もそう言っていました。

 

 

 

夫婦は笑って「分かってる、そう言ってくれるって分かってたよ」と答えました。

 

 

「本当に何でも。何でも」

 

 

夫は繰り返し言い、親友夫婦は「分かってる、分かってる」とまるで夫をなだめるように笑っていました。

 

 

 

「希望を持っていこうって決めたんだ。だけど、これから半年くらいは遊びに行けないかもしれない」そんなことを言いながらも、夫婦は終始笑っていました。

 

 

 

心配症の夫に、なるべく心配をかけないように、きっと明るく話そうと決めていたのだと思いました。

 

 

 

もう一度「何でも言え」と言った夫に、夫婦は相変わらず明るい声で「分かってる」と答えましたが、夫は「分かってない、本当に何でも言え」と言いました。

 

 

 

電話を切った後、完治を信じるしかないと2人で話しました。

 

 

 

その夫婦の笑顔や、小さな2人のお子さんの顔を思い浮かべながら、これから始まる治療のことなどを想像すると胸が苦しくなりますが、小さな子供の存在が病気を治すという気持ちを強くしてくれるはずと信じて祈るばかりです。

 

 

 

そして、そういう出来事のひとつひとつが、一瞬一瞬を無駄にしないようにしようという、意識しないと忘れがちな時間の大切さを思い出させるサインにもなっているのだと、自分自身に言い聞かせました。 

 

 

 

直感的に苦手なこと、生理的に受け付けない人

こんにちは。ハワイ在住のMichiyo です。

 

 

直感というのはやっぱりあると思います。

 

 

長い付き合いが続いている相手というのは、後から考えてみたら、初めて会った時に、この人とは気が合いそう、とか、話しやすそうな人だな、と感じた人がほとんどのような気がします。

 

 

 

逆に、例えば、恋人がほしくても、生理的に受け付けない人だと感じてしまうのも直感の一つだと思います。

 

 

 

その人のことを周りからどれだけ勧められても、いい人だと分かっていても、自分が生理的に受け付けないと感じてしまった相手と付き合っても、お互い不幸になるか、相手を傷つけて終わってしまうことが多いのではないかと思います。

 

 

 

でもその相手が自分にとって生理的に受け付けないと感じる人だとしても、ほかの人にとってはかけがえのない相手だったりします。

 

 

だから、直感でこの人は私の相手ではない、と思ったら、たとえ相手が自分に好意を抱いていたとしても、相手に期待を持たせないというのは、その時は相手を傷つけても、長期的に見たらお互いのためなのだと思います。

 

 

 

人に対してだけでなく、自分が好きなこと、苦手なことに対しても、直感があると思います。

 

 

 

こういうことをやるのが好き、とか、好きかどうか分からないけど、苦手じゃないかも、とか、これをやってる自分が好き、とか、少なくとも苦にならないことを選んでいくようにしたいと最近よく考えます。

 

 

 

二十代とか、三十代半ばぐらいまでだったら、苦手とか考えずになんでもいいからやってみる、という時期も必要な場合もあるかもしれません。

 

 

でも、いいことかどうかは別として、私は、自分が苦手だとすでにわかりきってることとか、嫌だと感じることには出来る限り時間を使わないようにしようと思っています。

 

 

亡夫が三十代で突然亡くなり、人生がある日突然終わってしまうことが本当にあるということを間近すぎるぐらい間近で感じたせいもあるかもしれません。

 

 

 

人が死ぬ時の後悔の原因は、多くの場合、働きすぎたこと、好きなことを仕事にしなかったこと、家族との時間を大切にしなかったこと、人の目を気にしずきたこと、なのだそうです。

 

 

どれをとってみても、好き、だったり、大切だったりする人や物事を疎かにしてきたことを人生の最後に多くの人が後悔するということなのだと思います。

 

 

自分と、自分にとって大切な人との限られた時間を、心地よく、後悔しないように過ごすということは、幸せを感じながら生きるためには必要だとなんとなく分かりながら、でも、そんなシンプルなことを、多くの人ができないまま人生を終えてしまうということなのかもしれません。

 

 

だとしたら、私自身も常に意識していないと、きっと時間や日々の忙しさに流されて、同じ後悔をしてしまうのだと思います。

 

 

 

 

 

↓ もしよろしければクリックお願いします。 

 

にほんブログ村 家族ブログ 死別へ
にほんブログ村

  

 

 

 

 

 

 

 

 

結婚に対するネガティブな気持ち お問い合わせ欄からいただいたご質問より

 こんにちは。ハワイ在住のMichiyoです。

 

 

 

お問い合わせ欄からいただくお問い合わせについてこれまでも何度かご紹介したことがあるのですが、今回も一つご紹介したいと思います。

 

 

 

原文を載せてしまうともしかしたら個人が特定されてしまうかもしれないことも含まれていたので、内容だけをご紹介します。

 

 

 

その方は、数年前に配偶者と死別された女性の方です。今お付き合いされている男性から、つい最近プロポーズをされたのだそうです。

 

 

 

相手の男性のことを好きだし信頼もされているそうで、プロポーズされる前から結婚をしたいと思っていたそうなのですが、相手の方から本当にプロポーズされた時に、嬉しさと同時に、本当に結婚していいのかという気持ちが頭をよぎったのだそうです。

 

 

 

今後結婚するとしたらこの人しかいない、でも、亡くなった前のご主人やそのご家族のことを裏切ることになってしまわないかということや、それ以上に、本当に後悔しないか、結婚したら彼氏の気持ちが変わってしまうんじゃないか、という、今の彼氏との結婚に対するネガティブな感情が出てきてしまったのだそうです。

 

 

 

 

そんな時に私のブログに出会って、最初から全部読んでくださったと書いてくださいました。

 

 

そして、私が今の夫と結婚を決めた時に迷いはなかったのかというご質問と、その方の再婚に対してどう思うか、というご質問をいただきました。

 

 

 

その方や相手の方の家族構成やお住まいの場所、年齢なども詳しく書いてくださっていましたが、ここでは控えさせていただきます。

 

 

 

私がこのブログを書いている理由の一つに、多くの方が、新しい人生に踏み出せずにいる、特にパートナーと死別された方は、新しい出会いがあっても、一歩踏み出すことにためらいや後ろめたさ感じてしまっているということを知っているからです。

 

 

なので、このお問い合わせをご紹介したいと思いました、

 

 

私は占い師でもカウンセラーでもないので、自分が感じたことしか書けないということを前置きさせていただいた上で、この方だけではなくて色々な状況でネガティブな気持ちに邪魔されて前に進めずにいる方に私の意見を読んでいただけたらと思い、書かせていただきます。

 

 

つい最近、「ネガティブ」は感情で、「ポジティブ」は意思だというのを何かで見ました。つい最近のわりに、どこで見たか覚えていません(笑)。

 

 

生まれつきもっている性格や育った環境でネガティブにとらえがちな人や、もともとポジティブに考えられる人もいるとは思いますが、ネガティブな感情が出てきてしまうのは、自然なことなのかもしれません。

 

 

私も今の夫と結婚する時に全く悩まなかったと言ったら嘘になると思います。

 

 

でもよく考えてみたら、悩んだ理由は違っても、それは一度目の結婚の時にもありました。

 

 

ネガティブな感情がどこから生まれているのか、それをポジティブに変えることはできないのかを考えてみるといいのかもしれません。

 

 

たとえば、相手の男性が借金を抱えていて、その女性との結婚は明らかに亡くなった前のご主人の生命保険から得たお金目当てとか、明らかに死別した寂しさにつけ込んでるとか、誰でもいいから結婚したいからとか、そういうことでその女性にプロポーズしたのなら結婚しない方がいいと思います。

 

 

 

 

でもこの方の場合、文章からは全くそういう要素はなくて、プロポーズをされる前から結婚をしたいと思っていたこと、結婚をするならこの人しかいないと思っているということで、ほぼ答えは出ていると思いました。

 

 

あとはこの方に出てきてしまったネガティブな感情を自分の意思によってポジティブへとコントロールできるのかどうかということなのだと思います。

 

 

 

「ネガティブ」は感情で、「ポジティブ」は意思なのだとしたら、ネガティブに考えるのは簡単で、ポジティブに考えるのは努力が必要ということになります。

 

 

 

私は子供の頃からコンプレックスの塊で、自分は結婚なんてできないと思っていました。

 

 

前の夫を亡くしてからしばらくは絶望で前向きやポジティブという言葉を聞くのも嫌な時期がありました。

 

 

私は多分、親の影響もあってどちらかというともともとネガティブにとらえがちなタイプなのかもしれないと思います。

 

 

今でもネガティブな感情が出てきてしまうことはありますが、それでも、今はその頃に比べたらかなりポジティブに考えられるようになったと思います。

 

 

でも、ポジティブに考える努力をしているわけではなくて、もしかしたら、経験によって、ネガティブをポジティブに変える、そういう筋力みたいなものがついたのかもしれないと思います。

 

 

自分の中に生まれたネガティブな感情に目を向けすぎない筋力、というか。

 

 

それをつけなければ、苦しくて生きていけなかったのかもしれません。

 

 

 

とても苦しく辛い時期はポジティブになんて考えられないことは仕方ないと思います。何もできない時期もあります。

 

 

でも、その時期を乗り越えて、今新たなステージに立つチャンスならば、少し努力して、ネガティブな感情を自分の意思でポジティブに変える努力をしてみてもいいのかもしれないと思いました。

 

 

 

 

www.michiyo-hawaii-saikon.com

 

 

www.michiyo-hawaii-saikon.com

 

 

www.michiyo-hawaii-saikon.com

 

 

 

 

 

↓ もしよろしければクリックお願いします。 

 

にほんブログ村 家族ブログ 死別へ
にほんブログ村

  

 

 

 

 

 

夫の父の死。身近な人を亡くした時の後悔

こんにちは。ハワイ在住のMichiyoです。

 

 

もう数ヶ月が経つのですが、夫の父が亡くなりました。

 

 

突然で、高齢だったこともあり、コロナウィルスかとも思ったのですが、そうではありませんでした。

 

 

このブログにも書きましたが、昨年、夫は母を亡くしたばかりです。

 

 

義父と義母はちょうど私と夫と同じくらい歳が離れていて、義母の方が若かったのもあり、義母が亡くなった時には、義父より先に亡くなってしまったことに夫はショックを受けていました。

 

 

ただそれでも、義母もやはり高齢だったので、夫はある程度は義母の死を覚悟していたところもありました。

 

 

先日亡くなった義父は、昨年亡くなった義母よりもさらに高齢でしたが、私から見て、義父が亡くなったことによる夫のショックは義母の時よりも大きかったように見えました。

 

 

 

私は幸いなことに実の親を亡くすという経験をまだしていないので、理解しきれていないと思いますが、両親ともがいなくなってしまうということは、想像しただけでも苦しくて寂しくて、怖いです。

 

 

 

私の前の夫は亡くなった当時三十代でした。

 

 

 

亡夫を亡くしたあと、自分が味わっている絶望や苦しみは夫が若くして亡くなったせいもあると思っていましたが、大切な人を亡くす苦しみに年齢は関係ないのかもしれません。

 

 

 

誤解を恐れずに書くと、夫の両親は亡くなる数年前から決して健康とは言えず、外出もできなかったということが、逆に夫にとっては救いだったのかもしれないと思います。

 

 

 

これ以上生きるよりも、きっと本人にとってよかったのだと思えるという意味でです。

 

 

 

でも本人にとって良かったのかどうかなんて、本人以外誰にも分からないというのも事実で、夫も少なからず、あの時ああしてあげていればという後悔を両親共に対して抱いているようです。

 

 

結局人の死は、残された人たちに後悔や苦しみを残してしまうものなのかもしれません。

 

 

 

 

↓ もしよろしければクリックお願いします。 

 

にほんブログ村 家族ブログ 死別へ
にほんブログ村

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別れは必ず来てしまう

こんにちは。ハワイ在住のMichiyoです。

 

 

早朝、今の夫がいなくなる夢を見ました。

 

 

前の夫と死別して、今の夫と再婚してからは特に、時間を大切にと心がけていたつもりが、夢の中の私は、夫に何もしてあげらるなかったとものすごく後悔していました。

 

 

そんな気持ちのまま目が覚めて、夢だったと分かった時、本当にホッとしました。

 

 

そしてその後、家族も友人も同僚も、どんな関係の人ともいつか必ず別れは訪れるということを改めて考えました。

 

 

相手がいなくなってしまうか、自分が先かは分かりません。でも、別れは必ずきてしまいます。

 

 

後悔しないように生きるなんて無理なのかもしれないけれど、家族だけじゃなく、良い関係を築き、味方でいてくれる人たちに出会えたこと、限られた人生の時間を共有できることが奇跡だということを意識しながら過ごしていきたいと改めて思いました。

 

 

 


www.michiyo-hawaii-saikon.com

 

 

 

↓ もしよろしければクリックお願いします。 

 

にほんブログ村 家族ブログ 死別へ
にほんブログ村

  

PVアクセスランキング にほんブログ村